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アフガニスタン・パキスタン人道支援 プログラムアーカイブ

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アフガニスタン・パキスタン人道支援 プログラムアーカイブ

アフガニスタン・パキスタン人道支援

現地の声

教育の大切さ、仕事への誇り

今回は、NICCOが提携するアフガニスタン現地団体職員のファリッド・ユーソフィさんが自ら綴ってくださった半生をご紹介します。教育の大切さや平和への思いが伝わってきます。

私は1984年にアフガニスタン西部にあるヘラート州の貧しい村に生まれました。幼い頃、戦火を免れるために、しばし村を離れ砂漠へ逃げなければならなかったことを思い出します。
私が第3学年(日本の小学校3年生に相当)の時に、タリバン政権がアフガニスタンを掌握し、教育制度に大きな変化がもたらされました。タリバン政権は、科学や英語などの科目をカリキュラムから外し、代わりにとても難しい宗教学を取り入れました。当時の教育環境は非常に悪く、正しい教え方を知らない教員の下、ぼろぼろの校舎で不十分な内容の授業が行われました。私は第3学年から6年間、タリバン政権下の学校で学ばなければなりませんでしたが、私が第9学年の時に政権が崩壊し、国際社会からの支援が始まりました。校舎は立て替えられ、新しい机や椅子などが設置されました。私はこの新たな環境で第12学年までの教育を終えることができました。

その後私は大学に進学し、農学を専攻しました。私の家は裕福ではありませんでしたので、農村部出身の学生を対象とした奨学金制度を利用し、実家の農業を手伝いながら、必死に学問を修めました。大学卒業後は周囲の勧めにより、同じ村の女性と結婚をしました。ちなみに、彼女は正規の教育を受けることができなかったため、読み書きをすることができません。

教育の大切さ、仕事への誇り
事業地を視察する様子(左がユーソフィさん)

現在私は農業部門のエンジニアとして勤務しています。農家である父の姿を見て育った私は、農業に携わることを意義深く感じています。日本のNGOとの仕事を通して、様々なことを経験することができました。現在私が従事している事業を通して、私自身良い方向へ人生を変えることができたと思います。

時折私は生まれ育った村に帰り、そこで暮らす子どもたちに、教育を続けることの大切さを伝え、アドバイスを行っています。私は貧しい人々のために仕事をしているということを誇らしく感じています。アフガニスタンに平和が訪れ、社会が発展していくことを祈っています。

教育の大切さ、仕事への誇り
収穫間近の麦畑で、支援する農家と共に(左から3人目がユーソフィさん)

2014年9月1日
日本国際民間協力会(NICCO)