アフガニスタン/パキスタン人道支援サイト|ジャパン・プラットフォーム(JPF)

このサイトは、緊急人道支援を行う認定NPO法人ジャパン・プラットフォーム(JPF)が運営しています。

アフガニスタン・パキスタン人道支援 プログラムアーカイブ

published by ジャパン・プラットフォーム(JPF)

文字サイズ 小 中 大

アフガニスタン・パキスタン人道支援 プログラムアーカイブ

アフガニスタン・パキスタン人道支援

日常の紹介

困難を乗り越えて

今回は、CWSのカブール事務所で働くフォージアさんをご紹介させて頂きます。幼少の頃にタリバン政権時代を生き抜いた彼女の体験をご紹介することで、アフガニスタンに住む人々の生活や人生の断片をお伝え出来ればと思います。

フォージア・ノーリーさん
フォージア・ノーリーさん

「私の名前はフォージア・ノーリーです。私は他のアフガニスタンの子どもと同じように、おもちゃで遊んだり、楽しい子ども時代を過ごした記憶はありません。両親はとにかく私や兄弟の身を守ることを考えていて、カブール市内外に安全な場所を求めて移り住む生活をしていました。」

フォージアさんがまだ2歳だった頃、一家はカブールからバグランへ逃れ、5年間テント生活をすることになりました。しかし、そこで非常に怖い体験をすることになります。
「ある朝、タリバンが私たちの住むテントの前にいると気づくまで、タリバンがバグランまで勢力を伸ばしていることを知りませんでした。父は話をしようと外に出てゆきましたが、荷台付きの車でやってきたタリバンは肩に銃を抱え、父を撃とうとしていました。その時祖母が必死に撃たないでくれと説得し、幸いにも難を逃れることができました。」

その後もタリバンからの妨害を受けたり、フォージアさんの父親が数か月間タリバンに拘束されてしまったりと大変な困難が続き、結局家族はパキスタンに身を移すことになりました。タリバン政権の崩壊後、ようやく家族でカブールに戻り、フォージアさんは両親や姉のお蔭で学校にも通えるようになりました。

大変な体験をしたフォージアさんですが、その後、想像もしていなかった嬉しい出来事が待ち受けていました。なんとアメリカの奨学金プログラムの奨学生に選ばれ、1年間海外で学ぶ機会を得たのです。教育を受けたことで能力と自信をつけ、今では国際NGOのスタッフの一員となり、教育に興味を持つと共に、貧しい人、特に女性を支援したいと考えています。

「アフガニスタンの歴史を見ても、安定して平和だった時代を見つけるのは難しいでしょう。暴力、戦争、自殺などがトラウマとなっています。私だけがこういった人生の困難を切り抜けてきた訳ではなく、数えきれない子どもたちが家族を失うという、より困難な体験をしています。」

「最後に、国際社会からアフガニスタンの人々への支援にお礼を申し上げます。国際支援は私たちにとって本当に大きなものです。継続的で寛大な支援を受けることにより、いつかアフガニスタンも他の途上国を支援出来るようになると信じています。」

CWS Japan